「看板商品以外は売れていないから、削るべきか?」 —— 売上の全体数値に隠された、25%の『顧客の物語』を救い出す
この記事では、売上や客数の全体数値を眺めるだけでは決して見えてこない、お客様の「来店動機(利用シーン)」に対し、伝票データと統計学的な手法からアプローチしたプロジェクト内容を公開しています。分析にはGoogle BigQuery MLの機械学習(K-means法)を用いています。また、統計学の難解な数式をこねくり回すのではなく、現場の肌感とデータをカチリと噛み合わせ、次の施策への「共通言語」を導き出すことに焦点を当てました。その実録をお届けします。
10秒でわかる:今回のプロジェクトの全貌
- 課題:売上や客数の全体推移を見ても「だから何?」が分からず、POSの客層手入力データも形骸化して役に立っていなかった。
- 解決策:100を超えるメニューを19部門に抽象化、67万件の伝票データからAI(K-means法)を用いて客観的な5つの利用シーンを定義。
- 結果:圧倒的マジョリティ(75%)の裏に隠れていた、25%の多様な顧客ストーリーを可視化。施策の「狙い撃ち」と「答え合わせ(効果検証)」ができる強固なPDCAインフラを実現した。
第1章:ことの起こり —— 売上・客数データの「だから何?」
1.1 財務データだけでは見えない壁
「全体の客数推移や売上推移は見えている。前年比も分かる。しかし、数字が動いた財務的な理由が分かっても、結局『だから何?(So What?)』が分からないんだ」
経営陣から突きつけられたこの切実な課題が、プロジェクトの始まりでした。経営やマーケティングの舵取りをするためには、売上という結果の数字だけでなく、「いま、どんな客層が増えているのか、あるいは減っているのか」という顧客構造の内訳を正しく把握し、その推移を追いかけられる仕組みが不可欠です。
しかし、それを阻む巨大な障壁がありました。それがこのレストランチェーンを特色づけていた「看板商品の圧倒的な強さ」でした。
1.2 看板商品7割の裏に隠されたジレンマ
今回のクライアントは、注文全体の7割以上が特定の「看板メニュー」に集中するという、非常に強力なブランド力を持つチェーンでした。一般的な小売・飲食のアプローチである「ABC分析(売上構成比による分類)」を行えば、看板メニューだけがA商品となり、それ以外の多くのサイドメニューやデザートは十把一絡げに「価値の低いC商品」として片付けられてしまいます。
しかし、クライアントの思想は違いました。ブランドの本当の価値は看板商品そのものだけでなく、「それを含めたあたたかな食事の場を提供すること」にあり、その他の周辺メニューもまた、その食卓を彩る重要な要素と考えていたのです。
店舗での実感としても、周辺メニューは一律に出数が低いわけではなく、「客層や利用シーンによって、明確な偏り(組み合わせの法則)があるはずだ」という強い肌感を持っていました。しかし、その偏りを具体的に言語化・数値化できていないため、新しい商品開発や接客ホスピタリティの改善において、明確な方向性が打ち出せていない状況だったのです。
1.3 レストランあるある:形骸化した客層ボタン
「それなら、POSレジの客層キー(会計時などにスタッフが手入力するボタン)を集計すればいいのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、ここに大きな罠がありました。
現場のピークタイム、混雑するレジ前でスタッフに厳密な客層判断を求めるのは酷です。
結果として手入力は形骸化し、基準の曖昧な「その他」というボタンが最大勢力を占めるという、まさにレストランあるあるの状況に陥っていました。
人間の主観に頼ったデータ入力では、ブラックボックスを暴くことはできなかったのです。
第2章:最初の挑戦と「モヤモヤ」 —— 手作業による分類の限界
2.1 ルールベース(手作業)による機械的な5区分
POSの主観データをアテにできない以上、私たちは伝票に残された「客観的な事実」だけで客層を定義し直す必要がありました。幸い、全67万件の伝票データはすべて綺麗に取得できていました。
そこで私たちは、伝票の内容から「人間がロジック(ルール)を組んで分類できる内容」として、以下の5つの区分を設計し、客数推移の可視化を試みました。
| 手作業による客層区分 | 分類の判定ロジック |
|---|---|
| ① お子様連れ(ファミリー) | 伝票データ内に「おこさまメニュー」が1点でも含まれているもの |
| ② 1名客(シングル) | 伝票の「客数」が1名となっているもの(平日ランチなど) |
| ③ 2名客(ペア) | 伝票の「客数」が2名となっているもの(カップルや友人同士) |
| ④ 3〜4名客(ミドルグループ) | 伝票の「客数」が3名または4名となっているもの |
| ⑤ 5名以上(ラージグループ) | 伝票の「客数」が5名以上となっているすべての伝票 |
このルールベースの分類により、形式的には客層の構成比と曜日・季節ごとの変化、客層別のメニュー出数の特徴をグラフに捉えることができるようになりました。レジの「謎のその他ボタン」に比べれば、大きな一歩です。
しかし、私たちの胸にはどうしても晴れない「モヤモヤ」が残りました。
2.2 「その他」が消えただけで、説明にはなっていない
「これで形式的なグラフは作れた。しかし、本当にお客様の『利用シーン』や『来店動機』を分類できたと言えるのだろうか?」
私たちは自問自答しました。たとえば、「1名客」と一口に言っても、周辺の様々なメニューを順番に試してくれる近隣のヘビー常連客もいれば、看板メニューだけを目当てに遠方からわざわざ遠征してくるファンもいるはずです。これらを同じ「1名客」として一括りに施策を打つのは乱暴です。
3〜4名や5名以上の区分は店舗のテーブルレイアウト(配席)を考える上では重要ですが、お客様側の来店目的(ハレの日の食事なのか、日常のサクッとした食事なのか)の説明には全くなっていません。ただ単に、人数という定規で線を引いて「その他」というブラックボックスを別の箱に分けただけではないのか。
顧客理解の解像度を上げるためには、もう一段上のアプローチが必要でした。
第3章:機械学習(AI)の答え —— 伝票の「注文の組み合わせ」にグループを探させる
3.1 利用動気の正体は「性年代」ではなく「伝票」に宿る
そもそも、お客様の利用シーンや利用動機とはどこに現れるのでしょうか?
「40代・男性・13時来店」という属性や時間は事実ですが、必ずしも動機を示しません。ある時は仕事中のクイックランチ、ある時は家族サービスの下見かもしれません。私たちが知るべきなのは、お客様が店舗で「どのような時間を過ごされたか」です。
であるならば、その答えが最も色濃く残る場所、すなわち「伝票の中の事実(注文内容の組み合わせ)」を真っ先に見に行くべきではないでしょうか。
しかし、来店日時や人数、滞在時間、そして100を超えるメニューの無限の組み合わせから、人間の目視や手作業の集計だけで「利用の仕方」のパターンをグルーピングしていくのは不可能です。
人間の脳の処理キャパシティを超えた複雑なデータから、隠れた共通点を見つけ出すにはどうすれば良いのか。
それこそが、機械学習による統計手法の出番です。
3.2 Geminiとの壁打ち:AIの暴走を防ぐ「19部門への翻訳」
私たちは、BigQueryに蓄積された67万件の伝票データを舞台に、機械学習モデルの構築を検討し始めました。ここでも、AIをそのまま使うのではなく、人間による「戦略的な翻訳」が必要でした。例えば当初の検討プロセスにおいて、以下のような技術的トレードオフに直面したのです。
- AIに100以上の全メニューをそのまま学習させるべきか?
答えはNOでした。個別メニューをそのまま特徴量(分析の切り口)として投入すると、AIは人間には到底理解できないほど細分化された、ビジネス的な意味づけ(解釈)が不可能なグループを作ってしまいます。それは単なる「AIの自己満足」です。 - 「意味のある物差し」にするための工夫
そこでGeminiを壁打ち相手に議論を重ね、100を超える個別メニューを「19のメニュー部門(大分類)」へとあらかじめ抽象化して統合する戦略をとりました。この19部門に「客数」と「滞在時間」を組み合わせたものを、AIに渡す最終的な切り口(特徴量)として採用したのです。
手法には「K-means法(クラスタリング)」を採用しました。(ざっくり言うと、これはデータ同士の距離を測って似たもの同士をグループ化する統計手法になります。)ここで設定したグループ数(クラスタ数)は「5つ」。人間が現場で直感的に理解し、具体的な施策を説明・認知できる限界の数として、あえて「5」という枠を人間側で定義しました。
3.3 驚くほどの腹落ち。眠っていた「ニッチなファン」がファクトになった瞬間
人数だけで機械的に分けていた分類を捨て、この機械学習モデルを走らせた瞬間、私たちは鳥肌が立つような体験をしました。データから浮き上がってきた5つの客層の輪郭が、店舗のスタッフが普段から肌で感じてきた「現場の空気感」と、驚くほどしっくりと一致(腹落ち)したのです。机上の空論ではなく、現場のリアルがそのままデータとして証明された瞬間でした。
さらに嬉しかったのは、店舗で働く誰もが「あの商品は、出る数は少ないけれど熱狂的なファンがついている気がする」と薄々感じていた肌感が、明確なファクトとして綺麗に解明されたことです。全体の数字に埋もれていた「ニッチなこだわりファン」の存在が、AIというライトに照らされて、ついに公式な顧客セグメントとして認められたのです。
【67万件の伝票から判明した、5つの利用シーン(構成比)】
- C1:王道の日常利用(75%) —— 看板商品とライスを中心に、サクッと食事を楽しむ圧倒的マジョリティ。
- C2:ご馳走・グルメ利用(10%) —— ステーキや高単価なサイドを組み合わせる、ちょっと贅沢なシーン。
- C3:ファミリーの団らん(5%) —— おこさまメニューと定番が並ぶ、賑やかな食卓。
- C4:グループ利用(5%) —— サイドメニューやドリンクが主役になる、地域の集まり。
- C5:ニッチなこだわりファン(5%) —— 出数は少ないが、特定の商品を愛し続ける熱狂的セグメント。
第4章:今後の活用 —— 数字を追うツールから、現場が動く「共通言語」へ
4.1 「だから何?」を解き明かす、来店ストーリーの逆引き(ペルソナ設計)
しかし、機械学習によって綺麗な数字やクラスタが分かれ、「あぁ、気分が良いな」で終わってしまっては経営にはなりません。ここから本当に重要なのは、「だから何(So What?)」「だから明日からどうすればいい(Now What?)」という、具体的な打ち手に落とし込むことです。
計画の次の一歩として、私たちはAIが弾き出した各グループの数値特徴をもとに、お客様が来店するまでの「物語(ペルソナ)」を徹底的に深掘りしていきました。たとえば、全体の75%を占める「C1:王道の日常利用」のデータを紐解くと、非常に面白いストーリーが見えてきます。
- C1(王道利用)のデータ特徴:平均2名客、滞在時間はやや短め。注文内容は「看板メニュー2つとライス2つ」がほとんど。
- データから逆引きするストーリー:このお客様は、来店する前から「今日はあれを食べよう」と注文内容を決めています。だから、席に案内されてもメニューブックにほとんど目を通しません。そして2名客がメインであることから、「カップルの特別なお出かけのタイミング」で利用されているシーンが鮮やかに想像できます。
ここまでストーリーが具体化すれば、現場が明日から取り組むべきアクション(打ち手)は自ずと見えてきます。
| アプローチ | 具体的なアクション案 |
|---|---|
| 商品開発の視点 | 看板メニューそのものを磨き上げ続けるのはもちろんのこと、定番の注文にプラスしやすい「ライスのバリエーション(トッピングや味付け)」を展開することで、現場のスタッフが「+αのおすすめ」を自然にしやすくする。 |
| 接客・ホスピタリティ | お出かけ中のカップルであるならば、料理の撮影や記念撮影への配慮(お声がけ)は必須。「せっかくの機会」をより引き立てるような、テーブル上での臨場感ある演出やタイミングの良い目配りを設計する。 |
4.2 施策の「打ちっぱなし」を終わらせる、客層別の効果検証
そして、このモデルがもたらしたもう一つの大きな変革が、「客層ごとの客数変化を、継続的に追いかけられるようになった」という点です。
新しい集客キャンペーンを展開するとき、あるいは新メニューを導入するとき、マーケターや経営陣の頭の中には必ず「今回はどの客層(ターゲット)に向けたものか」という仮説があるはずです。しかし従来のやり方では、施策後の売上全体の増減は追えても、「本当に狙ったターゲットに響いたのか」という結果の検証(答え合わせ)を行うことは極めて困難でした。
今回のクラスタリング(客層定義)をベースに継続的なモニタリングインフラを構築したことで、この検証が初めて可能になりました。「C3(ファミリー)向けの夏休みキャンペーンを打った結果、狙い通りC3の構成比が前年比で伸びたのか」「C2(ご馳走利用)向けの新メニューが、C2の客数底上げに寄与したのか」。
施策をやりっぱなし、打ちっぱなしにせず、データで正しく成否をジャッジし、次の打ち手へ繋げる強固なPDCAサイクルが回り始めたのです。
4.3 全体数値(平均)の罠 —— 隠れていた25%の多様性を救い出す
財務データや売上の全体数値だけを漫然と集計していると、私たちはどうしても圧倒的マジョリティである「75%の王道目的来店」ばかりに目を奪われ、すべての施策をそこに向けてしまいがちになります。いわゆる「平均値の罠」です。
しかし、今回の最大の収穫は、それ以外の「ファミリー利用(C3)」や「グループ利用(C4)」、さらにはこれまで出数が低いために無視されがちだった「ニッチ商品のファン(C5)」という残りの25%の存在が、明確なファクト(数値)として具体化されたことです。
「一律に売れないC商品」として片付けるのではなく、それぞれの利用シーンにおいて、どのメニューがどんな役割を果たしているのかが可視化された。これによって、ブランドが大切にしてきた「食卓を彩るあたたかな場」の提供を、本部と現場が共通の目線で、より高い解像度でブラッシュアップしていける土俵が整ったのです。
結びに代えて:AI時代の「翻訳者」として
データサイエンスやAIが進化し、ボタン一つで複雑な顧客セグメンテーション(クラスタリング)ができる時代になりました。しかし、AIが教えてくれるのは「データの塊(距離が近いもの同士の集まり)」という冷たい結果にすぎません。
その冷たい数字の裏側にある、お客様の笑顔、デートのワクワク感、ファミリーの賑やかさ、これらの陰で垣間見えるファンの熱量、そして店舗スタッフのホスピタリティといった「現場の熱量(コンテキスト)」を理解し、データに血を通わせて「現場が動く言葉」へと翻訳する。それこそが、AI時代におけるコンサルタント、そしてDX推進者に求められる真の役割です。
自走への自立的な運用は一朝一夕にはいきませんが、私たちはこれからも定期的なデータ分析と対話を通じて伴走を続けていきます。なぜなら、データが現場の「共通言語」となり、昨日よりも少しあたたかな食卓が生まれる瞬間に立ち会うことこそが、私たちの誇りだからです。
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